ブルーシートのお城と家庭菜園

2021年8月、段ボールとブルーシートで作られた城を見た。
外苑前の銀杏並木にふたつ。狛犬みたいに作られたそれは、台風を経て迫力が増していた。

新国立競技場のすぐ隣に堂々そびえ立つ段ボールとブルーシートの東京城

246を外苑前の方に行く途中、運転席の元夫が
「もうすぐすごいの見えるよ。よく見てて、これが一番かっこいい。会田誠の」
という。
会田誠といえば切腹女子高生とあぜ道の絵しか出てこない、絵画?と思っていると外苑前に差し掛かった。

 

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「わ、見えた!ブルーシートとダンボール?」
「そう。東京城らしい」
「これが…新国立の隣にあるの、凄いシニカルというか…」
「ほんとにね」
「異様な感じだね、不思議…だけど馴染んでる」
「台風のとき格好よかったよ。今やってるオリンピック関連のパビリオンで一番好き」
「そうなんだ」

一瞬通り過ぎた車窓から見たそれは妙に風景に溶け込んでいた。

*

2016年12月29日、私は娘と新宿駅発渋谷方面行きのバスが発車するのを待っていた。車内はほとんど空席がないぐらいの感じで、何人か立ってる人もいる。

そこへホームレスのおじちゃんがひとり乗ってきた。なぜホームレスかとわかるといえば、くさかったからである。びっくりするほどに。

私と娘は一番後ろの席に座っており、ホームレスのおじちゃんはその隣によっこいしょ、と座った。最悪だ。3歳の娘がぐずらないように、すでにうっすらとした緊張感を持って座っていた私は、さらにこのホームレスのおじちゃんが「何か面倒なこと」をしないか、娘が「くさい」など余計なことを言いやしないかという心配の種がもう一つできたと思って殆ど絶望した。

そしておじちゃんは私の様子には気付かず、なんと娘に話しかけだした。退屈してた娘はおじちゃんの方に座りたいといい、私と場所を変わってまでおじちゃんの隣に行った。

おじちゃんは娘に飴をくれた。パチンコの海物語というシリーズのマリンちゃんというキャラクターが描かれた飴。「ぷりきゅあかな?」と娘が言うけどそれはマリンちゃんだ。

 

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おじちゃんは池袋から渋谷まで宮下公園の炊き出しに向かう途中だといい、折りあとがたくさんついて端がぼろぼろの年末年始のスケジュールを書いた紙を大事そうにポケットからだして私に見せながらたくさん説明してくれた。
今日の夜は映画があること(今日が28日だと言ってたので29日だよ、と訂正した)、炊き出しは昼と夜の二回あること、31日には年越しそばも出るし、「こんなちっこい紙コップに入った酒もくれるからみんなで乾杯する」ことや、お正月が明けたら2日には餅つきがあること。
「新宿だとカラオケ大会があるンだ」ってことも、楽しそうに話してくれた。

渋谷の宮下公園のところで降りる時、娘の手を握って「つめたいな〜!子供は風の子、俺は火の子…逆か、俺は風の子お嬢ちゃんは火の子だ、ははは」と言ってた。火の子ってなんだろう。きのこかと思ったら火の子だった。
保育園でしたもちつきの話も自分からしたり、飴を貰ったりしたのでおじちゃん大好きになった娘も名残惜しげだった。

最後は私もおじちゃんと握手して「良いお年を!」と言ってバイバイした。

渋谷駅に着いてバスを降りると「おじちゃん格好よかった」「また会いたい」と娘が言った。

*

2021年7月、ミヤシタパークにはじめて立ち寄った。ひらけた雰囲気で、むかしあんなに鬱蒼としていたところの雰囲気は微塵もなかった。

246へ抜ける坂の途中にはむかし、渋谷児童館があった。今は区役所になっているが、児童館のときの遊具がひとつだけ残っている。
その周りをL字型にブルーシートのテントが長屋のように繋がっている。

わあ、宮下公園で暮らしていたひとたち、ここにいたんだ。と思っていたら足元をネズミが走っていってそのままブルーシートに入っていった。

すると

ちゅちゅちゅちゅちゅちゅ、ちゅーちゅちゅっ!!!!!!

とネズミが凄い勢いで出てきた。
出てきたというか入っていったネズミが中にいた先住のネズミから追いかけてられた。
ものすごいスピードと勢いで2匹が足元を駆けずり回っている。
後から入ったネズミは追い立てられてオオムラサキツツジの藪に逃げ込んでしまった。先住のネズミは「フン!」という感じで元いたテントに戻っていった。

リアルトムとジェリー、というかジェリーとジェリー。

ブルーシートの家の前には発泡スチロールに土を入れて作っている家庭菜園があった。全部プランツタグがついていて、綺麗な字で「トマト」「アスパラ」「ピーマン」「オクラ」「ナス」などと書いてある。「インカ」という土しかない鉢があったけどそれは多分インカの目覚めというジャガイモの種芋が植えてあるんだと思う。

すごく丁寧に作られていて、私は一切植物を育てることをしないので心底尊敬してしまった。すごい。丁寧に暮らしてんな〜!なんだか気分が良くなった。大切にされてるものを見ると気持ちが良くなるけど、そういう感じ。

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あの年の瀬の日に飴をくれたおじちゃんはいまどこにいるんだろう。
あの時ホームレスの人に関わることを嫌がり、面倒がった私を私はずっと恥じている。