月曜、小さな灯をともす
泥の中にいるみたいな気持ちで夏休みの後半を過ごした。
日曜、38歳になって
月曜、東京城を見て
火曜、星を見て
水曜、蝉を助けて
木曜、鯛食べて
金曜、インザハイツして
土曜、恐怖して絶望
日曜日、ワクチン接種の1回目。自衛隊大規模接種でやっと受けられることになったので大手町まで行かなくちゃいけない。でももう電車に乗るのが怖かった。
この事件を最初に聞いてからフェミサイドだと理解するまで、また理解し始めてからの2種類の恐怖ははじめて体験する種類のものだったように思う。
『幸せそうにしているだけで、女だと言うだけで、殺してやりたいと思われることがある』
…これ、「わたし」がターゲットなんだ。
「わたし」も「あなた」も「祖母」も「母」も「娘」も
女だと言うだけで憎悪の、それも「殺したいほどの」憎悪の対象になる。
わたしはたまたま、夜の8時すぎに小田急線に乗ってなかっただけ。
82年生まれキム・ジヨンを2019年にはじめて読んだとき、動悸がとまらなかったことを思い出した。
83年生まれの私はほぼ同年代で、国は違うけれど本の中に出てきた通学電車で痴漢に遭うことやライフスタイルが変わるタイミングでキャリアをあきらめること、それがもはや仕方ないと諦めていたこと。そんなことがババっとフラッシュバックした。
自分でもなんでこんなに動揺して恐怖を感じるのかが分からなくて、わからないままにツイートしていたものだからたくさん心配のリプを頂いた。怖くてもいい、当然だ、怒るのも当然だ、暖かくして、などなど。
しばらく前からいるBTSのファンダムARMYはこんな時とても暖かい。良い人間であろうとする人々をすきな人々の集まりだからかなあ。
連帯する、という言葉がそれを象徴してる気がする。
*
土曜日の夜、びしょ濡れになった本が10冊ぐらい入ったバッグを抱えてるぐらい重い気持ちだった私の中に小さな灯がずっとチラチラしていた。それは金曜日に見たイン・ザ・ハイツだった。
イン・ザ・ハイツはブロードウェイのミュージカルを映画にしたもので、移民であるワシントンハイツの住人がそれぞれの場所でそれぞれの夢を追いかけていくストーリー。
子供の頃に両親と移住してきた主人公とそのいとこ、共に暮らす育ての親であるおばあちゃん、それから幼なじみや街に住む人々が生き生きと描かれてるのだけど
主人公も街で人気の美容室もワシントンハイツを後にすることが決まっているクライマックスに近いシーンで、主人公のいとこと幼なじみの1人がこう歌うシーンがある。
「おれたちは無力だ」
そこにこう返す。
お前の言う通り ここは無力な移民ばかり
街は消える運命で 今夜が集まれる最後かも
でもこのまま 引き下がるのか?
現実を嘆くより 俺は旗をあげたい
〔旗をあげろ あちこちに〕
今夜こそ 声をあげるんだ
〔皆の旗に魂をこめて〕
歌え 世界まで響かせろ
〔皆の旗に魂をこめて〕
あの橋を越え世界へ どこまでもビートは響く
この曲を思い出しては聞いて、唇噛んで泣いてしまった。
心底昨日この映画を観に行って良かった、と思った。
*
#StopFeminicides
とても率直に言うと私は自分事としてこういうハッシュタグに参加したことがなかった。できていなかった。
祈るような気持ちで、SNSでこのハッシュタグを使った。
土曜日の夜に聞いていたスペースの中で、この運動は一過性のものではなく、長い戦いになるから…ということを言っていた方がいて
ああ、そうだよなあ。長い長い戦いになるんだ。一回勝てばそれで決着がつくようなことではなくて、これから長い時間かけて戦っていかなければいけないんだ、ということをじんわり心の中で反芻した。
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イン・ザ・ハイツはリン=マニュエル・ミランダの原作で、彼は本編にもピラグア売りとしてカメオ出演(というにはインパクトに残りすぎる)している。
この人どこかで見たことあるんだな〜と思って考えていたところ、はっと思い出した。
メリーポピンズ・リターンズの点灯夫!
メリーポピンズ・リターンズも大好きな映画で、中でも点灯夫の歌がすきだ。
娘と一緒に吹き替え版で見ていたので、
「小さな火をと・も・せ!」と一緒に良く歌う。
君はいつも選べる
暗闇に負けるか
それとも 小さな灯を灯すか 俺と
ひとりきり 部屋で
涙に暮れるか
それとも小さな灯を灯すか 俺と
心 暗闇なら
明日は見えない
でも 胸に火花があるなら
道はつきない
夜が深いなら
君も点灯夫になれ
さあ小さな灯を灯せ 俺と
イン・ザ・ハイツの主人公ウスナビも自分のことをこの街の「街灯」だと映画の中で何度か言う。交差点の角地に立つコンビニでウスナビは、毎日朝から晩まで同じ場所に立ち続ける。俺は街の街灯だ、と。
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うちの近所のコンビニにすべての動作を口に出す店員さんがいる。
誇張ではなく…
「はい、お支払いはいかがいたしますか?現金、クレジット、電子マネーございます~」
「スイカでお願」
「スイカですねかしこまりました光ったらこちらに当ててくださいいきます3!2!1!ピッ!(ピッ)はいありがとうございました~!!!お箸付けますか~は~い!あ~りがとうございま~す!」
最後のほうは思わず笑ってしまうほど、こちらも明るい気持ちになる。
ほかのお客さんともにこにこ会話している彼は確実にこのあたりの街灯だろうな。
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私も誰かの街灯になりたいと思う。
だけどすぐには難しいから、まずは自分の中の火を灯し続けることをしてみようと思う。
月曜、小さな灯をともす。
戦い続けられるために。